異世界転生モノから考える、納得感のある物語の作り方

最近『異世界オルガ』というMADを見て、腹を抱えて笑っています。

この動画は『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』と『異世界はスマートフォンとともに(以下「イセスマ」)』という2つのアニメを組み合わせたMADです。

特に『イセスマ』はクソアニメとしてネットで話題となっており、これまで多くの作品を作った「異世界転生モノ」「俺TUEEE系」に対してのヘイトを一身に受ける作品となってしまいました。

 

 

 

■異世界転生モノに関する偏見に満ちた概要


 

ここでアニメに詳しくない人に向けて「異世界転生モノ」とは何なのかと簡単に説明しておきましょう。

まぁ、もう少し詳しく話すと「異世界転生」「異世界召還」とは別物なのですが、ここではわかりやすくするためにほぼ同じとします。

アニメ作品でいうと『聖戦士ダンバイン』『リーンの翼』『魔神英雄伝ワタル』『甲竜伝説ヴィルガスト』『神秘の世界エルハザード』『ふしぎ遊戯』『ナイツ&マジック』なんかがそうですね(※他にも山ほどあります)

もっと言うと『かぐや姫』も異世界転生モノと言えそうです。地球に生まれた月の住人ですし。

 

そして「異世界転生モノ」というのは一般的に、地球(地上)では普通の人間が異世界では特別な存在になっているという点が挙げられます。

例えば、異世界では太古の昔になくなった能力を持っているとか、異世界では作れないような技術やそれを作るための知識を持っているとか。

しかも、それを手にするのに苦難や試練を経たのかというとそうではなく、転生したと同時にそれを持っているというもので、僕らの世代が刷り込まれている「努力・友情・勝利」を真っ向から否定する展開となっています(笑)

「俺TUEEE系」は主人公がその世界で最も強く、力があり、特別な存在で、その圧倒的な力で敵をやっつけていくのに一種の爽快感があります。

 

これらは表現方法のひとつであり、それが好きか嫌いかは個人の好みの問題なのですが、僕はあまり好きじゃないという話です。

ただ、こんなことを言うと「お金は汗水働いて稼がないといけない」と言っている人みたいに聞こえてしまうのですが、僕が嫌いなのは「努力していないのはダメでー」ということではありません。

単純に物語としての抑揚がなく、面白みに欠けるからです。

ダンバインとかは「聖戦士様ー」と言われてバイストンウェルで重宝される反面、実際にやっていることは戦争の駒扱いというような矛盾した内容。

しかし、バイストンウェルに来るのは地上世界では何かしら絶望して「違う世界へ行きたい」と考えた人間なので、逃避した先がそういう世界でなおかつ自分自身にはオーラ力という特殊な能力があり、それを異世界の住人は求めている。

そういった環境下において自分はその世界でどういう風に生きていけばいいのかと模索する、こういう内容なら僕のハートはキュンキュンです(笑)

 

 

 

■現在の異世界転生モノが昔と異なる点


 

ところが現在の異世界転生モノというのはそういった話ではないようで、「特にこれといった理由はないけれど、異世界トップレベルの能力があり、なぜか色々な女性に好かれ、何か知らないけど順調にうまくいくし、怖いものなどない敵なし無双状態」がテンプレとなっているみたいです。

特に「今の自分には何の変化もないけれど、なぜか周りから重宝されるような能力が身についた」というのがひとつのポイントです。

これの悪い部分が昨今の異世界転生モノには多いイメージです。

そして、そのテンプレを全て集めたのに内容がクソ過ぎたのが『イセスマ』の評価みたいです。

 

なぜクソ過ぎたのかというのを考えた時に、やはり「Reason Why」がないからだと思うのです。

別に強くてもいいし、色々な女の子にモテるのも構いません。それがエンタメに求められているものなら。

しかし、そこには「理由」が欲しいです。

 

例えば、島田紳助が「お笑いや芸能界で成功したけれど、それがたまたまなのか実力なのかがわからないから、自分でお店をやってみたり、他の芸能人をプロデュースしてみた」と話していたが、それに近いもので「うまくいった理由」が欲しいのです。

そうじゃないと何かモヤモヤする。

そのモヤモヤを解決するのに一番手っ取り早くて、何となく納得感があるのが「努力」というものだから、多くの人は「努力が足りない」とか言っちゃうのだけど、根本的には「因果関係を理解したい」という気持ちがあるのではないでしょうか。

そして、そういう描写が一切ないままスムーズに右肩上がりに周りや環境が良くなっていくというのは、願望としてはもちろんありますが、何となく気味悪い感じを僕なんかは抱いてしまうので、現在の一般的な異世界転生モノはあまり興味がそそられないという状況です。

 

 

 

■僕がけものフレンズが受け入れられた理由


 

さて、ある意味で「異世界転生モノ」と言える気もしなくないのが『けものフレンズ』です。

『けものフレンズ』において動物がモチーフの多くのフレンズとは異なり、人がモチーフであるかばんちゃんの優位性が時に顕著に感じる場面があります。

 

僕の場合ならけものフレンズの視聴を決定付けた、アメリカンビーバーとプレーリードッグが登場する回ですね。

この回では高い設計&指揮能力を持つが心配性で行動ができないアメリカンビーバーと、即決即断ですぐに行動するも後先を考えないので自分で行動すると失敗してしまいがちなプレーリードッグ、この2人の長所を組み合わせるように提案したのがかばんちゃんです。

そして、「かばんちゃん、すごーい」となるのですが、これは基本となっているのが動物の知能なのであって、人間としては特別なことをしているわけではない。

 

かばんちゃんが出すアイディアは大人から見るとごく当たり前のことも多く、人間の世界では天才的なアイディアではありません。

どちらかというと普通のアイディアですが、そのアイディアを実行するのが動物基準のフレンズのため、突出したように思えるだけ。

でも、「お互いの良い点をうまく活用すれば、今までできなかったことができた」というお話なので、子どもにはオススメしたい内容だなと考えています。

 

少し余談ですが、スポーツの世界には『傑出度』という指標があり、これは「その選手がその時代においてどれだけ優れていたか」というものです。

例えば、若い子には馴染みがないですが、長嶋茂雄や王貞治の傑出度はずば抜けています。だから、今でもレジェンド扱いなのです。

チームメイトが打率2割5分以下、ホームラン10本以下の時代に、打率3割以上、ホームラン30本以上打っていますから、ある種オーバーテクノロジーに近いです。

時代は違いますがイチローも同様で、首位打者が打率3割3分~3割5分の時代に3割8分とか打っていました。

 

このように「他の選手と比べて別次元の成績を出している」というのが傑出度です。

そして、けものフレンズにおいてかばんちゃんが優れているように感じるのは、この傑出度と同じではないかと考えています。

 

 

動物の知能に比べたら、人間の子どもであっても優位に立てますからね。

だからといって他のフレンズが無力なのかというとそうではなく、身体能力的には圧倒的に他のフレンズの方がかばんちゃんよりも優位です。

1話から身体能力的にはかばんちゃんは全然ダメだというのが描写されていますし(話が進む度に成長するが)、「フレンズは得意なことが違うから」と言っても、身体能力を使った行動に関してはかばんちゃんは無力にほぼ近いです。

その分、知力に特化している人間のフレンズという立ち居地ですね。

 

もちろん、人間は全ての動物と比較すると大型ですし、バランス型なので、自然界でもそこまで弱い立場ではありません。

ただ、ゴリラの握力は500kg以上出るみたいにパワー特化やスピード特化の動物に比べると貧弱だということです。

また、昆虫が人間と同じ大きさになったら人間が勝てないというのも有名な話で、バッタが人間サイズになったらその辺のマンションは簡単に飛び越える脚力があると言われています。

ですので、道具を使わない人間単体の能力では動物の世界ではそこそこのレベルでしかないが、全体の能力がそこそこでも強者の中でうまく立ち回ることができ、時には尊敬と親愛の情を得ることができるというのが、けものフレンズのメッセージではないかというのが個人的な考えです。

 

長々と話してきましたが、この話のポイントは以下の2つです。

1-A:普通の能力も違う世界では上位レベルになる。
1-B:得意なことがかみ合っているとすごいことになる。
2 :それをきちんと他人に説明できる。

これらをうまくできた人は、人より幸福度を感じやすくなったり、結果が出やすくなるのではないかと、最近の僕は考えています。

また、アニメや漫画などの創作物や物語でも、説得力や納得感が増すと思います。

 

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