YouTuberが子どものなりたい将来の夢や仕事に日本の未来を感じる話

アメリカ人ユーチューバーが富士がどっかの樹海で撮影した動画をキッカケに、ユーチューブの広告収入の規約が変わったみたいで、その変更は既存のユーチューバーの収益構造にも影響を与えるようです。

例えば再生回数に対する広告料が下がったり、広告を出すために最低動画再生数が設定されるなどの変更は以前からありましたが、今回の一件から再生数に対する評価からチャンネル登録数と年間視聴時間に変わります。

具体的には「登録者数1000人以上」「過去1年間で4000時間の視聴時間」の2つがないと広告がつかなくなるのですが、最初の審査を突破するために「登録者数と視聴時間をお金で買うビジネス」は今とかわらず盛況しそうです。

 

 

ただ、それ以降は「より多くのファンを獲得する」ことに重きを置かれるようになるでしょう。

この辺はアフィリエイトなどと同じく、「高いクオリティ」「入念なリサーチ」などとして新規の人の参入障壁になっていくかもしれません。

 

さて、日本ではここ数年「将来なりたい職業ランキング」で上位に入ってくるユーチューバー。

この動きにより、その波は引いていくのではないかと思われますが、僕はそれはそれでもったいないなと感じています。

ある一定の年齢以上の大人の多くはヒカキンなどのユーチューバーをバカにしたような発言をしていますが、僕個人は多くの子どもが一度はユーチューバーを目指して、トライするというのは有意義なことだと思いますし、明るい未来が待っているのではないかとすら考えています。

 

その理由は以下の3つ。

1:女性性の強い日本社会からの脱却
2:コミュニケーション能力の向上
3:サルから人間への進化

 

 

■1:女性性の強い日本社会からの脱却


 

人間の中には「男性性」「女性性」という2つの性質があります。

まぁ、ものすごく乱暴に言うと「男らしさ」「女らしさ」みたいなものをイメージしてもらえたらと思います。

これは原始時代から変わらない本能的なものとして、今も僕らの中に存在している。

 

まずは男性性の話をざっくりすると、例えば男ならマンモスなどを狩るのにチームを組んで狩りに出かけていた。

マンモスがこちらに気づく前に陣形を整えないといけないので、必要な最低限の情報をやり取りし、その後はそれに基づいて動いていく。

より成功率の高いものを選択し、変化をしていく、そうすることで狩りの成果を大きくしていった。

そういう意味では資本主義らしい部分があるし、欧米社会はどちらかというと男性性の強い社会だと個人的には考えている。

 

では、女性性はどうなのかというと、男が狩りに出かけている間に村に残り子どもを育てていた。

赤ちゃんは言葉を話せないし、小さい子どももきちんと自分のほしいものをうまく言葉にできないため、仕草や雰囲気や行動でなんとなく「どうしてほしいか」を察しないといけない。

そのため女性は「察する」という能力が高くなるし、女性は自然と気が利いたり、視野が広かったり、些細なことも覚えていたりする。また相手にもそれを求めるから、それができない男に対して怒りを覚える。

でも、男はそもそもそれがわからない。だから、なぜ怒っているか想像もできない。

そういう根本的な違いがあります。

 

 

そして、日本では「空気を読め」「以心伝心」「察しろ」などというワードが当たり前のように使われており、「みんなと一緒」であることを過度に求める。

欧米社会からしたら以心伝心なんかテレパシーと同じですからね。

これは広い意味で単一民族国家である日本と陸続きで全く異なる民族と強制的に交流があった多民族国家のヨーロッパとその地理的な違いだと思いますが、こういった点で日本は社会主義的な部分があるし、女性性の強い社会だと僕は考えるのです。

それが少し変わっていく素地を作るのではないかという期待がユーチューバーを真似る過程であります。

 

 

■2:コミュニケーション能力の向上


 

これは自分でプレゼンやセミナーをしたり、僕みたいに文章を書いたり音声を録ったりしている人なら経験があると思いますが、「人に何かを分かりやすく伝えるという技術はかなり高度である」ということです。

僕なんかは周りから「のでじんの話はわかりやすい」なんて言ってもらえますが、個人的には自分の言っていることを見直したり聞きなおしたりすると「下手くそだな」と毎回ブルーな気分になります。

 

そして、こういった技術は家庭でも学校でも習いません。自主的または強制的にそういうことをする場で、なおかつそういう役目にならない限りは、なかなかスキルアップしません。

多くの人は「頭の良い人はわかりやすく話す義務がある」みたいに考え、「難しい話をする人は不親切だ」と感じる節があるみたいですが、それは大きな間違いで一部の人が「そういう訓練を受けた人が、意図的にやっているだけ」なのです。

 

そして全員とは言いませんがユーチューバー、特にヒカキンとかを見ていると本当に上手です。

そしてそれを子どもが真似をすることで、「自分の状況を他人にわかるように伝える」「どうすればわかるように伝わるか考える」「それを見直して確認、改善をする」という練習を自然と行うことができます。

もちろん他にも「聞き取りやすい話し方」「退屈させないためにどうするか」「どう見せるか」「どう編集するか」「炎上しないために何をしてはいけないか」「再生数を稼ぐために英語や中国語学ぶ必要あるかも」「他人と同じではダメで何か個性がないと」など、得れるものも多いです。

 

まぁ、僕もそんな上手な部類ではないのですが、そんな僕でも「おぉ、マジか?」と思う事例に合ったことは何度もあります。

例えば忘年会とか新年会とかやったとしましょう。

あるお店で飲んでいると少し遅れた人から電話が来ます。

「今、梅田駅だけど、どう行ったらそこに行ける?」

店舗を構える客商売をしている人なら一度や二度ではないくらいの頻度で、こういう電話がかかってきたことがあるかもしれません。

もし「自分の状況を他人にわかるように伝える」という意識が少しでもあればこんな言い方をしませんが、案外こういう言い方をする人は多いです。ほんと、マジで。

 

 

まず梅田駅って山ほどあります(笑)

御堂筋の梅田、谷町線の東梅田、四つ橋線の西梅田、それに阪神と阪急の梅田、さらには梅田じゃないけどJRの大阪駅。同じ梅田と呼ばれる場所でも6つの可能性があるわけですから、「今、御堂筋の梅田で前にヨドバシカメラが見える」など、自分の居場所が特定できる位置や建物など言うと1つに絞られます。

 

ここでわかるのは「人に伝わりやすい話ができる人は、相手の思考コストを削減できる人」です。

ところが日本は先ほども話したように女性性の強い国ですから、「察する」ということを無意識に求めてしまいやすい雰囲気があります。

ですので、日本人(に限った話ではないですが傾向的に)は「思考コストの負担を相手に課す傾向にある」のです。

 

例えば就職活動で「次の説明会は普段着でお越しください」という定番のフレーズがありますよね。

「本当に普段着でいいのか?それともスーツじゃないとダメ?」みたいに考える必要があります。しかも、明確な基準や答えがあるわけではないので、使うエネルギーに対して得れるものが少ないというクソみたいなフレーズです。

こういうのを日常色々なところで見聞きしませんか?

 

まぁ、何か愚痴みたいになってきましたが、ここまで話した理由によって子どもがユーチューバーを目指してトライしていく過程で、僕らが学んでこなかったコミュニケーションに必要なものを自然と学んでいけると思うので、僕はメリットが多いなと考えています。

それに今ではバーチャルユーチューバーとかも出てるので、必ずしも顔出しをする必要はないですからね。

何ならエロゲの表情差分みたいな複数枚の絵を使って、顔出しなしでやってもいいと思うんですよ。

 

 

■3:サルから人間への進化


 

こんなことを書くとまた色々とコメントが来る気しかしないのですが、人間と類人猿の思考の大きな違いの1つに「象徴化とビジュアル化」というものがあります。

象徴化は「直接知覚化できない概念」で、例えば「天皇は日本の象徴」とか「ハトは平和の象徴」とか、そういう「想像力」だと思ってください。ものすごく乱暴に言いましたけど。

逆にビジュアル化は「直接知覚したもの」で、目の前にあるものや実際に見えるものとします。

 

例えばこの画像を見た時、人間は「バナナマン日村+ミツバチ」と認識するはずです。

 

 

しかし、他の類人猿は「人間(または自分とは違う動物)」としか認識しないでしょう。

このように「あるものを見てその背景であったり、繋がりやその先をイメージすることができる能力」が人間にはあります。

 

ところが「ネットで炎上する」なんて言葉があり、なぜ炎上するかというと「発言側にこの想像力がなかった」からです。

もちろん「受信側に想像力がなかった」というケースがありますが、その場合は「学がないのね」「小学校に行けよ」と言われるだけで済みますのでそこまで大事にはなりにくいです。

やはり炎上するのは発言側に「これを言ったらどうなるか」という想像力がなかったケースの方が圧倒的に多いと感じています。

想像力がないという意味ではサルと変わりません。

 

あと賢い人はそういう受信側の思考を読んで、わざと炎上するような言葉を使うこともあります。

手のひらで踊らされていることすらも気づかないという意味では受信側はサルということになりそうです。

 

ユーチューバーをやっていく過程や僕みたいに情報発信していると「炎上しないために何をしてはいけないか」というのを意識しますし、「どうすればわかるように伝わるか」という作業を通して、想像力は鍛えられていくと考えます。

特に人間の脳や感性が成長していくピークは12歳くらいまでで、そこからは緩やかに伸びていくものなので、この時期までにこういったことに触れている子と触れていない子では、その後の人生で大きな差を作るかもしれません。

これは恋愛と似ているところがあって、思春期に入るまでに異性とうまく交流できているかどうかでその後の恋愛事情に、もっと直接的に言うとモテか非モテかを分けるくらいの重要度があるのと同じです。

大人になってからコミュニケーション能力を磨いたり、非モテから普通レベルに上げるのは、ほんと大変ですよ(苦笑)

 

 

 

■最後に


 

漫画やアニメやゲームは昔から親の目の敵にされていて、「漫画やゲームはダメ」と禁止されてきた人も多いかと思います。

しかし、色々な研究やネットでの体験談を見ていると「過度に禁止されていると人間性に歪みが出る」ケースが多いです。

あと、よく聞く台詞で「子どもが真似をしたらどうするんだ!」というものがありますが、僕からすると「ふーん、あなたの親としての影響力って漫画やゲームにも劣るほど小さいのね」って感じしかしません。

 

結局のところ、親が考えるべきことは「いかにして辞めさせるか」ではなく、「何をしたら自分が危険な目にあうか」「何をしたら人様に迷惑がかかるか」ということを教えることだと思うんですよね。

僕もなんだかんだで親の言葉や考えの影響を強く受けていると感じています。例え、未来の子どものためを思って作られた「勇者シリーズ」や「エルドランシリーズ」に多大な感銘を受けていたとしても。

 

ということで、ユーチューバーを目指すとか、目指さなくても真似事をすることで得れることって多いと考えています。

子どもはもちろんのこと、大人もね。

もちろん、ユーチューバーなら誰でもいいというわけでなく、ちゃんと参考にする人を見極めないとダメですよ。

 

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2件のコメント

  • ポプ子とビビ美

    一昔前は、
    オトナになったら、
    かいしゃいんっていう職業しか
    選べなかった時代から考えると

    いまは、本当に自由に自分の好きなことで行きていける
    インフラが整ってますよね。

    世界が自由になっていく中、
    旧来型の教育と先の見据え方というものに
    とらわれるオトナたちが多い、
    全員が全員ではないですが。

    いずれサムライが時代から消えたように
    かいしゃいんも消えていく
    それがいつかはわからないけど

    今は、変革の過渡期ですが
    ドリーム・シフトできる時代はすぐそこ笑

    • のでじん

      僕が学生だった頃からオッサンと呼ばれるような年齢になってもまだ過渡期と呼ばれるわけですから、こう考えると時代が変わるというのは長い年月がかかるのだなと、ひしひしと実感しますね。

      まぁ、それくらい環境や風潮ができあがって人々の考え方が変わっていくのに時間がかかるものなのかもしれません、特に資本主義的な思想をうまく取り入れることができていない日本だと。

      >ドリーム・シフトできる時代はすぐそこ笑

      夢見る力は絶対無敵ライジンオーですね。
      久々に聴いて、涙腺崩壊しましたわ。
      個人的にはゴウザウラー派ですが。

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