成功者に弟子入りし、師匠やメンターのフランチャイズになる人たちへ

 

最近はあまりビジネスコミュニティみたいなものに参加することもないのですが、以前はそういうところに参加すると、こんな風に自己紹介をしたり、話の途中にフレーズを入れてくる人が一定数いました。

「○○さんは僕のメンターです」
「○○塾の3期生です」
「○○リーダーグループの所属です」

などなど、自分の師匠や所属グループをアピールしてくる人も多かったです。

 

しかし、個人的にはあまりオススメできません。

僕はある動画の中で「フランチャイズ化」という言葉を使っていますが、本当に言い得て妙な言葉だなと思っています(笑)

フランチャイズ化というのはコンビニなどのチェーン店を行うビジネスシステムのことで、フランチャイズのメリットは「お店の看板や信用度を借りる権利を得て、円滑に商品やサービスを認知させることができる」という点です。

 

冒頭のメンターのすごさをアピールしている人は「そのメンターが持つ権威を借りる」ことで、「その教えを学んでいる私はすごい」と伝えているのかもしれません。

それはそれで方法としてはありだと思うが、結局のところフランチャイズと一緒で、あくまでも加盟店(傘下)でしかなく、「個人ビジネスとしてはどうなのか?」と思う部分はありますね。

 

 

■成功者との集まりで感じた違和感


 

これは僕が実際に体験した話です。

あるセミナーの懇親会で、大きなテーブルに10人くらいが集まり、その真ん中に成功者と呼ばれる人が座りました。

そして、成功者はオムライスを注文。すると、周りのいた人たちも一斉にオムライスを注文し始め、こうつぶやいたのです。

「考え方をコピーするために、食べるものも真似しないと」って。

僕は正直、唖然としましたし、気味が悪いとすら感じました。

僕はオムライスも好きだけど、その時はカレーを食べたかったので注文すると、「そんなんだと成功しないよ」と言われる始末。

 

なぜこのようなことが起こるのかというと、ひとつ理由があって、それは「その人にとって初めての成功者」だからです。

それは本当に今までの人生で初めて成功者と呼ばれる人に会ったというケースもあれば、色々と詐欺っぽい人ばかりの中で初めてまとめな人に会ったからというケースもある。

 

どちらにせよ、これって「童貞の考え方」と一緒なんですよ。

「全然モテない自分に優しく話しかけてくれて、気を使ってくれる、もうこの人しかいない!」みたいな。

「いやいやいや、世の中には女性ってたくさんいるじゃん。全部と比べてというのは無理かもしれないけど、せめて複数人と比べてから決めようよ」と思ってしまうくらい、そのひとりに対して大きな希望や期待を抱き、美化する。

これって童貞あるあるですよね、女性を神格化したりとか。

 

色々なタイプの女性がいるように、色々な成功者が存在する。

そこをわからず、舞い上がっているようにしか僕は感じられません。

 

 

■意思決定基準や判断基準は「誰」にあるのか?


 

あと、よーく考えてみてほしいのが「オムライスを食わないと成功しないのか?」って話です。

もちろん、何かを学ぶ時は自分の好き嫌いは別にして、師事する人の言うことをそのままやってみるということはある。

でも、オムライス食わないと成功しないなんていうのはちょっと滑稽でしょ?

 

この経験から僕は、

1:自分を捨てて、ずっと誰かを師事し、そのコピペを続ける=フランチャイズ化
2:自分で考えて、時には誰かに師事され、オリジナルであろうとする=独立

のどちらを選ぶことができると考えたし、できることなら「2」を選びたいと思ったのです。

 

 

■僕の意見に対しての、ある悲痛なメッセージ


 

上記の話をしたところ、こういった意見をもらったのを覚えています。

目指していることと関係のないところまで真似するのは、クローンのようで自分がなく、気持ち悪くなるのもわかります。ただ、私のその1人だったので少し弁解をさせていただければ、まず自己評価が恐ろしく低いからこそ、凄い人と認定したらどこまでも崇拝してしまう。

そして、その人以外はみんなダメな存在だし、自分の目指す方向(自分が一番と思っている方向)以外に向かわない人もダメな人だと思ってしまう。そんな思い込みの激しい価値観の人と付き合うのは、ある程度の自己評価を持っている人にはきっと気持ちよい関係じゃないんだと思います。

だけど、自分に価値がないと自己評価が低すぎると、何もできないし、全部に諦めてるし、何をどう始めたらいいかもわからない。そんな人はとにかく最初に「全てを真似する」ってのが、最も有効だと思うのです、成長する上で。そして、そういう過程を通して、オリジナリティについて考えたり、見つけたり、想像と創造ができるようになると思うのです。

だから、そういう成長期をちょっとくらいは大目に見てよっと思ったのでメールをしました。

 

このメールの内容は「本当にそうだな」と思いましたし、反論する気もさらさらありません。

なぜなら僕も通ってきた道だし、動画でも言っていますが、おそらく誰もが一度は通る道だと思います。

問題はそれをどこで気づくか、です。

 

僕は運が良くて、22歳くらいの時に中学から付き合いのある友人に、

「それって○○さんが言っていたことやろ?今の話を聞いても、のでちゃんとしゃべってる気がせんし、最近ののでちゃんといても面白くないわ」

と言われて、そこでハッと気づくことができました。

だから、実質そういう風にメンターのフランチャイズをやっていたのは1年ちょっとくらいでした。

この点に関しては、本当にその彼に感謝しています。

 

 

■なぜ個人でビジネスをしようと思ったのか、それが一番大事


 

何事にも「守破離」というものがあり、最初は完全コピーする努力は必要です。

モノマネと言われようともコピーをしていく過程で、自分の中で必要なものや不必要なものが選別されていき、そしてオリジナルな表現が作り出されていきます。

 

例えば「おちんちんびろーーん」という表現が自分の中ではしっくりこないので、内容はそのままで言い方を変えて「ちんこびろろろーーん」とするとか。

そういう些細なところから自分にフィットするような表現に変わっていき、それが少しずつオリジナリティに変わります。

だから、最初はメンターや師匠の真似をしてもいいし、真似をすることでフォーマットを自分の中にインストールすることができるので、それは全然OKだと思います。

しかし、僕が「ハァ・・(ため息)」となるのは、自分がどういう風になりたいか、自分がどのような人間として見られたいか、ということを考えずに、思考停止して、権利や言葉を借りていこうという姿勢です。

 

それって個人でビジネスをやる意味ってないと思うんですよね。それなら企業で勤めていた方が絶対いいですし。

個人でビジネスをやるということは、自分が表現したいものがあって、自分が伝えたい価値があるから、わざわざやっているわけで。

だから、戦略として権威を借りるのはいいと思いますけど、日常的に使っているのはちょっとマズいです。

 

 

■あなたは好きな人を目の前にして、他人の自慢をしますか?


 

例えば、好きな子を何とかデート誘えたとしましょう。

そして、デート中の会話で、

「あの有名な歌手の○○がこう言ってて~」
「僕の尊敬する偉人の○○が僕と同じ年には~」
「今参加しているサークルの○○さんがすごい人で~」

とか話してたら相手の女性はどう思うでしょうか?

「なんでこの人、他人の話ばっかりするんだろ?」
「なぜ自分の話をしないんだろ?」
「その人がすごくても、あなたと何の関係があるの?」

なんて思っているかもしれません。

 

もしあなたが逆の立場だとしたら、そういう風に思いませんか?

僕ならほぼ確実に思っているでしょう。

 

あなたは好きな子と千載一遇のチャンスで、2人で話せる機会を得た。

だったら、この機会を逃すわけにはいかないし、少しでも自分に興味を持ってもらったり、自分のことを好きになってもらいたいと思って行動するはずです。

なのに、口から出てくることは他人のすごさアピールだとしたら?

確実に2回目のデートはないですよ。

 

恋愛の話にすれば少しは理解してもらえたかもしれません。

そして、結構やばいことやっているっていうことがわかったはずです。

 

 

■メンターのファンではなく、あなたのファンを集めよう


 

個人ビジネスは最終的にキャラクタービジネスになり、「あなたのファンだから」というところに帰結します。

だとすれば、あなたのことを好きになってもらわないといけないのに、いつまでも他人の肩書きや権威を引っ張ってきて、自分で勝負しないというのはそれこそ「フランチャイズ化」です。

もちろんフランチャイズ化の良い部分もありますよ。

でも、自分という人間を知ってもらって、自分という人間が持つ価値を提供し、自分という人間のファンになってもらいたいと考えているなら、やっぱりフランチャイズ化は避けた方がいいし、いつかは独り立ちする必要があると考えています。

 

結局、何が大事なのか、何を基準にするのか、それは全て自分で決めないといけませんし、それを決めていくことでオリジナリティが芽生えてくると思います。

ライオンがAが正しいといっても、ある人にとってはAが間違っている場合もあります。

その逆で、ライオンがAと言った場合に、ある人にとってはAが完全に正しくなる場合もあります。

要は、何が正しくて正しくないかなんて他人には決めれないのです。それを決めることのできるのは、唯一自分だけなのです。

受け取った情報をしのまま流していては自分のコピーに深みはでないし、情報は、自分の絵具で色を付けていき解釈を加えることが重要です。

解釈を通さないAという情報は、そのまま何もせずに流していればAという意味しかもちませんが、解釈を通せば、A´にもなり得るし、Bにもなりえるし、Cにもなる。

それをどう解釈するかに、自分らしさが付け加わっているのではないでしょうか。

引用:『【独り言】自分らしく生きるためには~夢と現実の狭間で』

 

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『のでじん・ナカムーの「ソーダ☆コーダ」』
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