「誰にでも才能はある」という言葉の欺瞞と可能性

 

「誰にでも才能はある」

この言葉は自己啓発やビジネスや起業、他にも仕事やスピリチュアルなど、ありとあらゆる場面で語られています。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

 

同じようなもので「誰でも人を惹きつける魅力がある」なんかもそうです。

もちろん、これらの考え方を否定するつもりはありません。

ただ、そのまま受け取るのではなく、もう少し考えてみたいと思ったのです。

 

 

■固有の才能があれば、その片鱗は見えている


 

僕はツイッターでこのようなツイートをしました。

才能や成し遂げたことをどのレベルに設定するかによりますが、「そのクラスで上位に入った」というのは1つの指標になるかもしれません。

例えば「全国模試で1位を取った」とか「スポーツで全国大会に行った」とか、大学入試で推薦をもらえたり、学費が全部無料になるレベルとかがわかりやすいかもしれません。

他にもアマチュアバンド界では有名だったとか、自分の描いた漫画がツイッターで拡散され大人気になったとか、Youtubeで100万回再生されたとか、そういうのでもいいでしょう。

 

もっと高いレベルの事例を出すと、

「高校時代にプログラミング開発、自作ゲームがコンテストで準優勝」(中村光一)
「大学時代にプロ顔負けの自主アニメ製作、超人気アニメのスタッフ入り」(庵野秀明)
「大学在学中に超人気漫画2作の連載を開始、その後もヒット作を連発」(高橋留美子)

などなど、才能のある人はトップレベルの結果を出しています。

まぁ、このレベルを目指すとなると多くの人は才能がないという風になってしまいますのでアレですが、本当に才能がある人というのは25歳前後で目を見張るほどの結果や成果を残していると僕自身考えています。

 

なので、才能がないならないで仕方ないし、『花さか天使テンテン君』みたいに才能の種があって、それがまだ芽が出ていないとか花が咲いていないかもしれないのなら、花を咲かせるために頑張らないといけない。

でも、『ハンターハンター』の念能力みたいに自分の特性から遠い(=相性の悪い)ものは努力の割に習得レベルが低くなるから、自分に合っていないものであれば見切りをつけて、自分に合うものを探すことも必要になってくる。

そして、それは一朝一夕では手に入らない。

時間もかかるし、勉強も必要だし、行動もする必要がある。

 

これは何でも一緒なのだけど、仮に20歳や25歳で「自分には固有の才能がない」と気づいてしまったら、それでも「まだ自分が勝負できる土俵はないか?」と探していくことも選択肢に入れていく。

プロ野球の世界で言うならレギュラーで試合に出て野球人生で何度もタイトルを獲得する選手ではないけれど、バイプレイヤーとしてチームに欠かせない選手として15年間プロで生きていける選手になる、そういうイメージです。

 

 

■何もないという絶望を感じることがスタートの第一歩


 

じゃ、僕自身はどうだったかというと、平凡ですらなかったなと思っています。

10段階で「普通」と言われるレベルが5だとしたら、確実に5以下です。

あんまりこんなこと言うとせっかくの祝い事に水を差す感じになってしまいますが、結婚式とかに呼ばれて行って色々なムービーを見ていると「あぁ、これが普通の家庭なのか」と思ってテンション下がるくらいには普通以下の生活、普通以下の人生を送ってきました。

実の父親に「中学卒業したら働かせたらいい、そうすれば俺は働かずに好きな酒が飲める」と言われた身からすると、「家族のために身を粉にして働き、家族を支えたお父さん」みたいな一文だけで、「はぁ・・・」とか思うのです。そーゆーのがてんこ盛りだから、ダメージも大きい。

 

もちろん、友人が幸せな生活を歩むための第一歩を祝う気持ちはあります、さすがにそこまで人間的にクズではないので(笑)

ただ、自分の力ではどうにもならないこと、どうにもならなかったことに対して、ネガティブな気持ちになってしまったということです。普段なら「コントロールできないことは気にしない」という風に考えていても。

まぁ、そういう生活をしてきたので、一般的に子どもの頃に経験するであろうこともあまりしていません。

学校の成績も中の中、部活も3年間続けることができない根性なし、大学も当時C欄、今E欄という学校で知名度もない。

20歳そこそこで人並みに夢や希望を持っていたけど、人生プランは急カーブを余儀なくされる。

家庭の事情で大学中退してレールから強制的に外されたことで、嫌でも気づかされました。

 

「自分に何ができるのか?」
「自分は何もできるものがない」

って。

そして、こうも考えたのです。

「自分は何をしていったらいいのか」

と。

 

 

■「好きなことで生きていく」で言われていない、重要なこと


 

ブロガー界隈は代表的ですが、アフィリエイトやYoutubeもたくさんの人が参入しています。

Youtubeのキャッチコピーであり、ユーチューバーという職業を一躍有名にしたこのキャッチコピーが、これらの界隈の空気感を表していると思います。

「好きなことで、生きていく」

このキャッチコピーは本当に素晴らしいと思います。

しかし、残念ながらこのキャッチコピーは言葉足らずです。

「寝食を忘れてやれるくらい、好きなことで生きていく」が正しいと思っています。

 

例えば、『マクロスF』の早乙女アルトや『機動戦士ガンダム00』のグラハム・エーカーや『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』のブローノ・ブチャラティを演じる、声優の中村悠一は数々の伝説を残しています。

学生時代に『バーチャファイター3』で全国大会の四国代表を勝ち取るほどのゲーマーで、売れっ子の大人気声優でありながら他を圧倒する長時間プレイと廃課金プレイという二刀流を行い、その界隈では語り草になるほどの伝説をいくつも持っている。

 

ゲーム界隈については僕もあまり詳しくないですが、1つ例を出すと例えばゲームには「レベル」ってのがありますよね?

レベルが高くなるにつれてキャラクターが強くなる、あのレベルです。

ネトゲと言われるオンラインゲームでは高いレベルになるほど、必要な経験値が天文学的な数字に近づいていきます。

僕が聞いた話では「24時間やり続けてようやくレベルが1上がる」とか「それを1週間続けてやっとレベルが上がる」などがあり、「1万時間の法則なんて甘え」と言わんばかりの時間を必要としています。

それをあれだけの売れっ子人気声優がやっているということ自体がすごいことなのですが、それくらい没頭してやれるからこそ周りから一目置かれる存在になるのだと思うのです。

 

 

■実はそれ、本当は好きなことじゃないでしょ?


 

だからこそ、最近のブロガー界隈が特に代表的ですが、「はぁ、やれやれ・・」って気しかしてきません。

簡潔にまとめるとこういうことです。

 

僕はブログを書くのが好きなんですよ。学生時代にパソコンを買ってもらい、そこからずっとブログを書いてきました。

四捨五入するともう20年くらい書いています。

もっと言うと自分のチームを持っていたのでメンバーと野球論を語るのに、携帯のメールで2000文字くらいのやり取りを連日行っていました。

それくらい文字を書くということを長年やってきました。だから、それなりの文章が書ける。

 

もちろん、プロと比べると乱雑だし、読みにくいし、洗練という言葉からはほど遠いです。

でも、読んでくれる人からは「面白い」「ためになった」「こういうテイストが好き」などのありがたい言葉を頂いています。

それは僕が四捨五入すると20年くらい書き続けているからであり、その中で色々と試行錯誤や勉強や改善を繰り返してきたからこそ、そういった言葉を頂けたのだと思っています。

つまり、好きだから「より良くするにはどうしたらいいのだろう」と思って改善するし、改善のための試行錯誤もするし、新しいアイディアを取り入れてみようとするのです。

 

例えば『ロックマン』ってゲームがありますが、苦手な人は苦手なゲームです。僕も苦手です。

でも、好きな人なら「いつも同じステージの同じ場所でゲームオーバーになるから、どうにかしてクリアする方法を見つけ出そう」「このボスに勝てない、どの武器が有効か試してみよう」とやると思います。

 

好きなことだからそれを常に考え、改善や試行錯誤をしていき、それを続けていくことで認知度が上がってファンが増え、そこで初めて実力が認められ、収入に繋がっていく。

そういう順番だと思いますが、ブロガー界隈は平凡な自分のまま、話題になることをして、とにかく知名度だけを上げようという風にしか見えないんですよね。

そして、昔からやっている真っ当なブロガーが迷惑を被っている、そんなイメージです。

 

でもそれって、異世界転生モノと同じなんですよ。

 

 

■「失敗する」と「失敗させられる」は微妙に違います


 

まぁ、僕は別にお金をもらってコンサルをしているわけではないので、あれこれと口を出す必要もないのですが、気になることもあるわけです。

それを今回は吐き出させてもらいました。

 

ブロガー界隈がやっているように、話題性を上げて注目されることでインフルエンサーの評価をもらい、その評価を武器にしてやっていくという方法も、好き嫌いはありますが方法論としてはアリでしょう。

ただ、評価されてそれで終わりというよりかは、評価されることで実力に目を向けられるということも往々にしてあるので、「大学中退して起業する」とか「借金1000万円あるけど、ブロガーになるよ」みたいな一時的な話題性重視のイベントに頼るのはやめた方がいいとは思いますね。

 

なんか色々と話してきましたけど、究極的には他人の人生だから僕が偉そうにあーだこーだ言うのはお門違いでしょう。

でも、ただそれを見ているだけというのも違うのかなとも思ったのです。

どちらにせよ、これも色々と遠回りしたり、あれこれと失敗ばかりしてきたからこそわかることなのであれば、それならそれで意味はあったのかもしれません。

 

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